オープンソースハードウェアの持続可能性について

tl;dr

ルールとライセンスとモラルとお気持ち忖度を守ってみんなでなかよくオープンソースハードウェアしましょう。

Disclaimer

私は法律の専門家ではなく、本稿は法的助言ではない。求む、リーガルアドバイス!!!

Preface

オープンソースのハードウェアというものが存在する。その名が示す通り、設計ファイルがオープンなライセンスで公開されているハードウェアだ。有名な例としてはArduinoやBeaglebone Blackなどが挙げられる。
今挙げた二つの製品は、共にCC BY-SA(クリエイティブコモンズ 表示 - 継承)の下で公開されている。しかしながら、オープンソースハードウェアに対してCC BY-SAを適用するのは不適切、具体的に言うと派生物に加えられた変更が広く共有されない恐れがあるのではないか、という疑問がある。本稿ではその疑問点について述べる。

Arduino

まず、ArduinoのFAQにある文言を取り上げる。

What do you mean by open-source hardware?
Open-source hardware shares much of the principles and approach of free and open-source software. In particular, we believe that people should be able to study our hardware to understand how it works, make changes to it, and share those changes. To facilitate this, we release all of the original design files (Eagle CAD) for the Arduino hardware. These files are licensed under a Creative Commons Attribution Share-Alike license, which allows for both personal and commercial derivative works, as long as they credit Arduino and release their designs under the same license. The Arduino software is also open-source. The source code for the Java environment is released under the GPL and the C/C++ microcontroller libraries are under the LGPL.

まだ、下記の文言にも注目する。

Can I build a commercial product based on Arduino?
Yes, with the following conditions:

(中略)

Deriving the design of a commercial product from the Eagle files for an Arduino board requires you to release the modified files under the same Creative Commons Attribution Share-Alike license. You may manufacture and sell the resulting product.

ArduinoはEAGLEファイル(電子回路基板のCADファイル)がCC BY-SAで公開されている。このファイルから個人または商用の派生物を作る際は、クレジットを表示するのと同時に、派生物をCC BY-SAで公開することが求められている。CopyleftGPL-likeなオープンソースソフトウェアではおなじみのアイデアである。

Creative Commons Attribution-ShareAlike

CC BY-SAは大雑把に言えばGPLをはじめとするコピーレフトライセンスの非ソフトウェア版である。被許諾者は、クレジットの表示と、派生物に同じライセンスを与えることを条件に、自由な共有と翻案が許される。
ここで注目すべきはライセンスの条文、第3条において、表示および継承はライセンス対照物および作成した翻案物を 共有(Share) する場合に従わなくてはならない、と記されていることである。
共有の定義は以下の通り。

「共有」とは、複製、公開の展示、公開の上演・演奏、頒布、配布、通信または輸入のような、ライセンスされた権利に関する許諾を必要とするような手段または手法により、公衆に対しマテリアルを提供すること、および、公衆がマテリアルを利用できるようにすること(公衆の各人が、自ら独自に場所および時間を選択してマテリアルにアクセスすることができる方法を含みます)を意味します。

Copyright

現行法において、著作権の対象は以下のように定義されている。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

平たく言えば、下記は著作権の保護対象とならないということである。

  • 単なるデータ
  • 単なる事実
  • イデアや機能
  • 工業製品

また下記の対象には著作権が及ばないこととされている。

(イ) 憲法その他の法令(地方公共団体の条例、規則を含む。)
(ロ) 国や地方公共団体又は独立行政法人地方独立行政法人の告示、訓令、通達など
(ハ) 裁判所の判決、決定、命令など
(二) (イ)から(ハ)の翻訳物や編集物(国、地方公共団体又は独立行政法人地方独立行政法人が作成するもの)

なお、計算機プログラムは著作物として扱われる。オープンソースライセンスは著作権に立脚しているので当然ではある。

では基板の回路図、ガーバーデータなどの設計図は著作物か。
インターネット上には様々な意見が述べられており、明確な答えは存在しないようであるが、最も安全な側に倒せば「各種設計図はアイデアを表現したものであり、著作権が発生する可能性がある。ただし、ごくごく当たり前の回路(とは???)は創造性がないため保護されないし、回路図の回路構成もアイデアなので保護されない」になるのではないだろうか。
実際、産業界において自社の権利を守るために用いられるのは特許権だ。各社が必死になって特許を出願しつづけるのはこのためである。
なお、半導体の設計についてはこの限りではない。著作権とは異なるが、回路配置利用権という知的財産権が登録により発生する。

Question

これらの情報を統合するとどうなるか。
まず、ArduinoのEAGLEファイルには著作権が発生すると仮定する。著作権が存在するので、EAGLEファイルにCC BY-SAライセンスが適用可能となる。
次に、CC BY-SAでライセンスされたArduinoのEAGLEファイルから、派生した設計を作り 共有した 際には、その派生EAGLEファイルを同じCC BY−SAで公開しなければならない。
ArduinoのEAGLEファイルから製作された電子基板がEAGLEファイルの派生物であるか否かは判断がつかないが、どちらにせよ著作物としてはみなされないため、CC BY-SAは適用されない、というより適用し得ない、ものと考えられる。

ここまではよい。

では、Arduinoの派生物を製作するために作成した派生EAGLEファイルを公衆がアクセスできない形で利用して基板を内製(あるいは基板製作業者に委託する)したらどうなるか。
まず、製作した基板は著作物ではないため、CCが適用され得ない。次に、ライセンスを受けた人間と基板製作業者の間でやり取りされるファイルは、公衆へのアクセスを与えたことにならないと考えられるだろう。その場合はEAGLEファイルを 共有 していないので、派生EAGLEファイルはCC BY-SAの制約を受けないはずである。つまり、ArduinoのFAQに記されている「派生EAGLEファイルをCC BY-SAでリリースしなければならない」という制約が発生しないことになる。

Copyleft的な類似する理念に基づいたライセンスとしてGPLと比較する。GPLではライセンスされたソースコードによって生成されたバイナリに対し以下のような制約が課されている。

GPLv2の第3節とGPLv3の第6項によると、事前コンパイルされたバイナリとして頒布されるプログラムは次のいずれかを満たさなければならない。
1. ソースコードの複製の直接の添付
2. 事前コンパイルされたバイナリと同一の手段でソースコードを頒布するという書面での提案の添付
3. GPLのもと、事前コンパイルされたバイナリを受け取った場合に得た何かを、ソースコードを提供する旨の文書で提示

これをArduinoの例になぞらえると、「派生Arduino基板を手に入れた人がEAGLEファイルを入手可能であるようにしなければならない」ということになるだろう。これは非常にうまく考えられた仕組みだ。
対して、Arduinoのようなオープンソースハードウェアでは、基板と設計図の間にライセンス上での結びつきが存在しない。Arduino派生物の設計ファイルを 共有 する場合にはCC BY-SAで公開されなければならないが、基板を製作し販売したからといって設計ファイルを 共有 しなければならないという仕組みが存在しない。
共有 さえしなければ、設計ファイルはCC BY-SAの制約を受けない。つまり、フリーライドが成立してしまうのではないだろうか。

Best Practices for Open-Source Hardware

Open Source Hardware Associationがオープンソースハードウェアのためのベストプラクティスという文書を公開している。
その中に、以下の記述が見られる。

Note that copyright (on which most licenses are based) doesn’t apply to hardware itself, only to the design files for it – and, then, only to the elements which constitute “original works of authorship” (in U.S. law) and not the underlying functionality or ideas. Therefore, it’s not entirely clear exactly which legal protections are or aren’t afforded by the use of a copyright-based license for hardware design files – but they’re still important as a way of making clear the ways in which you want others to use your designs.

結局は作者のお気持ち表明を忖度して大事にすることが大事だよ……っておい!

Conclusion

わからん……なんも……。

もちろん、現実的にはちゃんとArduino派生ボードを作ったらCC BY-SAで設計ファイルを共有しましょうね〜という話でしかないんだけど、それにしてもそれっぽい団体のそれっぽい文章がお気持ち忖度エンドというのはしょんなぁ〜感ある。

References

beagleboard.org

www.arduino.cc

www.arduino.cc

creativecommons.org

www.cric.or.jp

https://pf.bunka.go.jp/chosaku/chosakuken/naruhodo/outline/4.1.html

ja.wikipedia.org

copyright-npo.or.jp

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/200601/jpaapatent200601_027-030.pdf

www.oshwa.org

ja.wikipedia.org

Acknowledgement

本稿を執筆する上で@murashit氏の発言を参考にさせていただきましたので、ここに感謝の意を表します。